ミケランジェロの暗号―システィーナ礼拝堂に隠された禁断のメッセージ

 

 

☆3でございました〜。

挫折。

 

 

感想

 

挫折した本なのになぜ感想を書くのかと言うと、本自体はかーーなーーりいい本だったからである。

 

要するにこちらの問題。

 

この本を理解する知識力が私にはありませんでした、チャンチャン♪

 

…いや、チャンチャンじゃねえ…。

 

正直前半、ちょうど半分まではものすっごく読み進めました。こんな無知なあたいでさえも。

前半部はミケランジェロの生涯であり、この本の一番重要な部分である、彼がどのようにしてユダヤ教を知っていき、それにのめりこめるような環境にいたかが事細かく書いてある。

それがものっそ面白いのだ。

ミケランジェロだけでなく、当時のルネサンス期における芸術家たちをとりまいている環境についてもたくさん言及されていて、それがかなり興味深く、メモをいくつかとった。

 

例えば、かのレオナルド・ダヴィンチであるが、彼はかなり手話に関心があったらしい。

と言うのも、当時ルネサンスのイタリアは芸術家で聴覚障害のある者でも、何の問題もなく友人や仲間と働けたぐらい手話を習得しているものが多かったらしく、今でも南イタリアには言葉を使わずに身振りや手ぶりで意思を伝達する習慣が残っているらしい。

 

なので、一時期オカルト的解釈がテレビでされていたダヴィンチの「岩窟の聖母」も、あれは悪魔を捉えて首を切ろうとしてるとかではなく、あの不自然な手の動きは、当時有名画家でもなかなか許してもえらなかった「署名」を、手話でほどこしているらしい。

 

 

さて、本書を読んでいるとミケランジェロがモチーフとして「男性の裸体」をよく好んで用いたことを知ることになる。

これにも時代背景というか、当時のミケランジェロの環境が大いに関係していることがわかる。

 

当時ミケランジェロがいたフィレンツェでは男性同士の恋愛が普通に行われており、彼が身を置いていたプラトン・アカデミアやサン・マルコ庭園に関係していた男たちの多くが同性愛者だったことがわかっている。

となるとやはりミケランジェロもそうだったのだろうか。

そこについてははっきりとは記されてはいなかったのでわからないのだが、とにかく彼が男性の裸体にかなりこだわったことは明白のようだ。

 

 

さて、そして問題の後半部である。

我が挫折したところよ。

 

そうなのである。

この本の要ともいうべきなのが、この後半部なのである。

要するに、ここからバチカンにあるシスティーナ礼拝堂に一体ミケランジェロは何を描いていたのか、そのモチーフの全てが全然キリスト教じゃないんだよ、旧約聖書カバラユダヤ教だよ、という話なのである。

 

それを細かく見ていくのであるが、いかんせん、旧約聖書についての知識がまるっとつるっとないために、読んでいっても目が滑っていく…。

結果。

 

挫折。

 

情けないっす…。

 

なのでちょっと今回挫折しちゃったけれども、もっと旧約聖書やらユダヤ教の基礎をちょろっと身につけて挑んでみようと思います!

 

真の教養って大事だね。

神話とか宗教とかって意外に日本では軽く扱われてるけど、基礎だよね…。

もっと勉強しよ。

でもしばらく学術本を大量に読みまくってたから小説が読みたいよ、お母さん…。

ということで、次は小説を読みます。

 

それでは、またね!